佐世保の同級生殺害事件

少し前までニュースで持ちきりだった話題。佐世保の同級生殺害事件。
最近はあまり聞かなくなっていたけれど、加害者である女の子の父親が亡くなってしまったそうですね。
まだ真相は分かっていないけれど、どうやら自殺らしい。

これについて、ネットでは様々な意見が交わされていた。
「父親は最期まで逃げた」という者、「父親もどうしようもないくらい追い詰められていたのだろう」と言う者。
亡くなった人のことをあれこれ言うのは確かに良くないかもしれないけど、私はどちらかというと「最期まで逃げちゃったんだな」という印象。
人は、過ちを犯したとき「逃げたい」と思うのは当然のことかもしれない。
罪悪感から、自分なんていなくなれば…と考えることもあるかもしれない。
でも、何があってもどんな理由でも、死んで償おうとするのは間違っている…と私は思う。
だってそんなの、なんの償いにもならないじゃないの。逆に、なんとも言えない罪悪感を被害者側が被るだけ。
死んで償おうなんて、結局、自分がいちばんかわいいだけなんだ。

ネットでは、私のような考えに対して「自分が同じ立場だったらそんなこと言えるのか」という人もいた。
きっと、ただ単に正論を、綺麗事を振りかざしているだけに見えたのでしょう。
でも、私はやっぱり死んで償うのは「逃げ」だと思う。
綺麗事ではなく、根拠があって言える。

私は最近、信じていた人から最悪のタイミングで最悪の裏切りを受けた。
だけど私はそれを許した。相手にとっては予想外だったらしく、その人は自分がしてしまったことの罪悪感から「逃げ」ようとした。
私の目の前で自殺を図った。私が必死で止めたため、自殺には至らなかったものの、とても怖かった。
やっぱり、死んで償おうなんて間違っている。
追い詰められているのも知っている。これ以上生きていくのが辛いことも知っている。
その上で「死ぬな、生きろ」という私は鬼かもしれない。
でも、やっぱりあなたは生きてなきゃ。
だって、あなたに裏切られて辛い思いをした私だって、必死で生きているのだから。
佐世保の事件のお父さんも。
生きて償うべきだった。そう思う。
もっと、ずっと辛い思いをした被害者の家族だって、必死で生きているのだから。
生きてこそ、出来ることがあるのだから。
亡くなった人のことをこれ以上言いたくはないけれど、きっとお父さんも精一杯頑張って生きたのだろうけど。
もう少し、生きていてほしかった。私も仕事大変だけど、頑張って生きよう!

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